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消防・救急隊員の手記
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 第9回  「救助活動して学んだこと」
                        R救助隊員


 私は、今でも覚えています。
 ある日曜の午後でした。当務司令として勤務していたときに、○○川で救急事案が発生し、救急隊が出動しました。現場到着後、無線にて「○○川の中州で親子らしい人が取り残されている」と救助の要請がありました。
 そのときは、救急講習会で二名が某学校へ指導に赴いていたため、私とA職員しかおりませんでした。
私は、A職員と一緒にロープ及びカラビナなど多くの資機材を救助工作車に積載し現場へ向かいました。 救助工作車といっても法に基づく立派なものでなく、普通のワゴン車に簡単な資機材を積載していたものでありました。

 現場到着すると、川は前夜の雨で増水しており、中州とはいえ親は胸近くまで水に浸かり、子供は首まで浸かっていました。
 私は、A職員に向かって「行くか?」と言うと、一瞬不安気な顔に感じましたので、私が行くことに決めました。
 川の状況を見ると、左岸から約六メートルにわたり流れが早かったが、親子は幾分流れの緩やかなところにおりました。
 私達の年代は、川で泳いだり、ある程度増水していても喜んで泳いだりしていましたから、このぐらいの流れなら大丈夫と思いましたが、ヘルメットを着用し、命綱を付けて泳ぎきり、親子のところへ行きました。

 夏とはいえ長い間水に浸かっていたからなのか子供は震え、青白い顔をしていました。
 親子を元気付けるとともに、どのような方法で救助するか考えました。
 少し下ると自然に派生している柳の木があったので、救助時に使用できるか確認したところ、何とかいけると判断して救急隊と連携してメインロープを二重にして渡し、柳の木と橋の欄干の手すりに結着しました。
 まず、子供に命綱をしてからカラビナでメインロープに吊り下げて救助した後、父親に「命綱を付けるので泳いでいけるか」と聞くと、拒否されたので子供と同じ方法で救助しました。

 救助が終了した後、観衆たちから一斉に拍手があり、その時救急隊も含めて消防職員として誇りと嬉しさを感じたことは今でも忘れません。



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